社会人2年目くらいの頃、これから付き合うのかな、どうかな、くらいの距離感だった人と、映画館デートをしたことがあった。
あれは確か、ブラッド・ピット主演の「セブン」。
七つの大罪をモチーフにした秀逸なサスペンスだった。
映画を見終わってお手洗いに行った私は、心の中で何度も繰り返しながら映画館のロビーへと向かっていた。
メガネ、パーマ、セーター、メガネ、パーマ、セーター…
そして、ロビーで待っていた彼の元へ戻り、「お待たせ!」ととっておきの笑顔で歩み寄った。
すると彼は、あからさまにギョッとした顔で私を見た。
「あっ、やらかした!」
気づいた私は、すばやく左右を見た。
そして、すぐ隣で微妙な顔をしている本物のメガネ、パーマ、セーターの「彼」に、「えっと、トイレが結構混んでて…」とか、口の中でもにょもにょと意味不明な言い訳をしながら歩み寄ったのだった。
それが彼との最後のデートとなった。
小学生の頃、母に連れられて知能検査を受けに行ったことがあった。
今にして思えば、多分あの頃から何らかの特性を母も感じていたのだろうが、検査の結果について、以下のようなことを言われたのをなんとなく覚えている。
「言語能力や論理の組み立ては平均より高めですね。
でも、一方で、形態知覚が著しく低い。
物の形を記憶するのに、かなり困難を感じていると思われます」
ケイタイチカク。
よく分からないなりに、この言葉だけが、小学生の私の耳に強く残った。
私は、見たものの形状が覚えられない。
学校の成績はそれなりに良かったが、社会だけは「先生のこと嫌いなんか?」と真顔で社会科の先生に詰められるくらい、異様に悪かった。
とにかく地図の形が覚えられないのである。
「四国やな」と認識していたらオーストラリアだったくらい。
日本地図で、北から順に県名を言って、といわれたら、北海道、青森くらいで止まる。(ちなみに南は沖縄で止まる)
歩く道も、日々、新鮮な驚きと発見だ。
夫の実家への道は100回通ってもまだ覚えられないし、
Googleマップがない頃は、ベビーカーを押しながら町内を散歩していてそのまま迷子になってなかなか家に帰れなかったことも、何度もあった。
ヘンデルとグレーテルなら、石を置くとか考える前に、早々に「あ、これ無理ですさようなら」と諦めていただろう。
そんな私は、人の顔が覚えられない。
ごく身近な人の顔は、繰り返し認識すればそれなりに覚えられる。
でも、自分の顔もよく覚えられない。
だから、化粧をする時以外に、鏡を見るのもちょっと怖い。
それはいまだに、あまりよく知らない人だから。
クラスメイトも、一年でようやく半分覚えられるくらいだし、
会社の人も半分はデスクの位置で覚えている。
愛しい我が子の顔であっても、時には難しい。
長男は、黒縁メガネ、色白、重めマッシュ、身長160台の、典型的な理系モブであるが、いまだにスクールウォーズな地元中学では、逆に異彩を放っていた。
ところが、である。
中学を出て高専に進んだ彼の授業参観に行った。
うちの子どこかな、とひょいと教室を覗き込んだ私は戦慄した。
理系モブしか、いねえ!!!
教室見渡す限り端から端まで、黒縁メガネ、色白、重めマッシュ、黒の詰襟なのである。
目を皿にしても、うちの子が見つけられない。
しかたなくLINEで「着いたよ。窓のとこ」と長男にメッセージを送ると、モブ集団の一人が、ぱっとこちらを向いた。
言われてみればそれは確かにモブの中でひときわ可愛い、うちの愛息であった。
人間づきあいにおいて、これはかなり致命的である。
道で「わあ、お久しぶりです!」と声をかけられても、恐怖でしかない。
先週会ったママ友なのか、2年前の仕事仲間なのか、20年前の同級生なのかが分からないのである。
これはよくバラエティなどでも出てくるから「まあありがちでしょ」と思われるかもしれないが、例えばPTAの広報委員長になって、毎回来てくれている10人足らずの役員さんの顔と名前が覚えられないというのは、結構な不信感を持たれますよ、実際。
「ごめんなさい、私お顔を覚えるのが苦手なので、毎回名簿で出席取らせてもらいますね」というものの、同じ出席者に一日2回「あの、お名前ってもうお聞きしましたっけ」と尋ねるのは、もはや認知症の老人の域である。
「個」を「個」と認識できないことは、孤独だ。
人との距離を縮めることが、かなり困難だから。
ママ友だって、「おはよう」の後に「そういえばアキくんのお母さん、この前言ってたお菓子買ってみたよ!」と続けるから関係が深まるんだし、
私だって、電車のホームで中学時代の同級生を見かけたら、「久しぶり!」と駆け寄りたい。
そんな中でもなんとか、それぞれの分野で数人ずつの、なんでも話せる友人ができたし、トイレから戻っても見失わない、ちょっとファニーフェイスの夫と結婚したこともラッキーだったと思う笑
そしてもう一つ、少しだけラッキーだったのは、「仲良くなりたいとロックオン」がしづらいかわりに、「なんだか苦手とシャットアウト」もあまりしなくていいということでもある、ということだ。
さて、私は基本的に、よっぽど仲のいい学生時代からの友達以外は、誰とでも敬語だ。
フリーランスの仕事のアルバイトスタッフさんにも敬語だし、同業者フレンドもいまだに敬語まじりだし、会社関係も、どれだけ仲良くなっても敬語だ。
あの、会って2回目から(なんなら初手から)タメ口な人のフラットさは本当に羨ましいのだけれど、私には距離感によって敬語とタメ口を使い分けることはかなりリスキーだ。
だって、そもそも2回目か70回目かが分からなかったりするから。
この距離感の失敗を何度か繰り返すうちに、「敬語キャラ」が自然と板についてしまった。
距離が詰められなくて寂しいなあ、と思う時もあるけど、今はすっかりたまにタメ口の混じった敬語で、時にどぎつい下ネタもぶっ込みながら喋るキャラが定着していると思う。
あとは、周囲も割とわかって、積極的に名乗ってくれたり、いじってくれたりするようになったのがありがたい。
お店ではお客さんと話しているとスタッフが「誰かわかって話してます? 絶対わかってないでしょ?」と突っ込んだり、こそっと「●●さん来てますよ」と教えてくれたりする。
長男の保育園からの親友であるTくんなんて、街で遭遇するたびに、「●● ●●です!!」と毎回フルネームで名乗ってくれる。ほんとにありがてえ。
まあ、そんな自分の凸凹も、上手く付き合っていくしかないと思っている。
最後に、娘から「私ならその場で死んでると思う」と言われた、人生の中でも有数の(最大ではない)やらかしエピソードを。
その日の夕方、私は長男を自転車の前チャイルドシートに乗せ、保育所から家へと戻っていた。
と、家の前にの人影に気づいた。近所に住んでいる妹だ。
わー、遊びに来てくれたんや!
私は断然ご機嫌になり、妹に向かっておもむろに蛇行運転を始めた。
「ぶるーん、ぶるーん」と言いながら大きく前カゴを揺らすと、幼い息子もキャッキャと声をあげて喜ぶ。
私はさらに調子づき、両足をペダルから離して大きく伸ばし、
「ひくぞ、ひくぞ、ひいちゃうぞ〜〜♪」
と言いながら妹の方へと突っ込んでいって、直前できゅっとブレーキをかけ、エヘヘ、と「妹」に笑いかけた。
そして、ようやく自分が犯した失態に気づいた。
生まれて初めて、「全身から一気に冷や汗が吹き出す」というのを、リアルで体験した瞬間だった。
そこ立っていたのは、
困惑と、若干の恐怖とが入り混じった微妙な顔つきの、
回覧板を持ったご近所さんであった。

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